1 裁判における証拠の意味
自己破産や相続放棄の法律相談をしていると、よく相談者から「証拠がないから大丈夫ですよね?」と聞かれることがあります。
ここで大事なのが、証拠がないことがこちらに有利ならいいのですが、証拠がないことがこちらに不利に働く場面もあるということです。
民事訴訟においては、「言った言わない」で揉めないために、紙の証拠が極めて重要視されます。
もちろんドラマのように証人が証言台に立って証言をすることはあり、証言も証拠としての意味はあります。
しかし、裁判の結論は紙の証拠でほぼ決まり、証人尋問で結論が変わることはないと言われるくらい、紙の証拠が重要です。
そして、証拠がなく真実がどちらか不明な場合でも裁判官は判決を出さなければいけないため、「立証責任」という考え方が取られています。
「立証責任」とは、当事者のどちらか一方が証拠を提出して立証する責任を負い、証拠がなければ(立証できなければ)その事実は存在しないものとして扱うというルールです。
誤解を恐れず言えば、証拠がなければ裁判に負けるということです。
そして、証拠を提出する責任ない側は、仮に証拠を持っていても提出する必要はありません。
本当にお金を貸していても借用書がなければ、お金を貸した事実は存在しないことになってしまうのです。
2 証拠がないことが有利/不利になる場面
訴訟において証拠は立証責任を負う側が提出すればいいため、要は自分に不利な証拠は出さなくてよいわけです。
そのため、証拠がないことは、次のような具体的なケースで意味を持ちます。
⑴ 相続放棄をする場合
相続放棄においては、部屋の片づけをしてしまったり、財産処分をしてしまったりすると相続放棄が無効となってしまいます。
しかし、部屋を片付けてしまったとしても、部屋に何があったかの写真は誰も持っていないため片付けをした証拠が出てくる可能性は低いです。
つまり、証拠がない以上は、片付けをしたことは存在しないことになるため、相続放棄が無効になる可能性は低く、相続放棄をした人にとっては有利になります。
一方で、亡くなった人の預金を下ろしてしまった場合、預金の履歴は第三者でも取得できるため、預金を下ろした証拠は出てきます。
亡くなった人が預金を下ろせるわけはないため、預金を下ろした人は無くなった人の遺族とすぐにわかるため、相続放棄した遺族側としては「預金を下ろしたのは自分ではない」ことの証拠を提出する責任を負い、証拠を出さなければ相続放棄が無効になってしまいます。
そのため、亡くなった人の預金を下ろした場合は、「預金を下ろしたのは自分ではない」ことの証拠を出せないと、遺族としては不利になってしまうわけです。
このように、ケースによって、証拠がないことは有利にも不利にもなります。
⑵自己破産をする場合
自己破産をする場合、自分のお金と言えど浪費してしまうと、免責不許可(借金の支払義務がなくならないこと)となってしまいます。
お金の使った場合は、領収書など、浪費と疑われないような証拠を残しておく必要があります。
自己破産の手続きは通常の訴訟手続きとは違いますが、立証責任の考え方は当てはまるもので、証拠を提出する責任は破産者にあるということになります。
そして、お金の使い道の証拠をちゃんと示せないと、浪費したものと同視されて、免責不許可となったり財産組入(裁判所への弁償のようなもの)を求められることもあります。
このように、証拠がないことは一概に有利不利が決まる話ではないため、「証拠がないから大丈夫」「証拠がないから不安」と決めつけず、弁護士に相談してみましょう。